会社や社長が強くて偉い時代は終わった
経営者が特別である時代はもう終わろうとしている
国のトップが1番偉い
企業のトップが1番偉い
組織のトップが1番偉い
そんな時代はもしかしたらもうとっくに終わったのかもしれない
小さくも企業のトップとしてそれを哀しいとも思わなければむしろ成るべくして成った時代の流れだと思う
この国で
戦争はとっくのとうに昔話だし
高度経済成長を支えた団塊の世代の親父達はもはや時代遅れになりかけているし
まだ昭和生まれの僕ですら最近の若者の考えてる事は理解もできない
そんな時代に
お国のために命を捧げるとか
会社のために終身雇用捧げる
なんて考え自体がなくなりかけるのは必然だ
それを「裏切り」という言葉が適当だとは思えないが時代遅れの自分には他の言葉が思いつかないので敢えて使わせてもらう
従業員がお世話になったと言っていた会社を訴えるなんてことは今の時代不思議なことでもなんでもなくてこれからはもっと増えると思う良くも悪くも
それがもしも経営者にとって「裏切られた」ということになるのなら
そもそも経営者や会社が、大切だと豪語して家族だ仲間だと綺麗事を並べた従業員のことを大切に扱わなかったことは「裏切り」ではないのだろうか
もしも大切なのならばなぜ?
従業員を自分と同じ扱いにしない
従業員にさせていることは自分もできることでなくてはならない(技術面ではなく)
従業員がトイレ掃除をしているなら自分もすればいい
従業員にグリストの掃除をさせているなら自分もそうすればいい
従業員が長時間働いているなら自分もやればいい
自分が美味いもの食っているなら従業員にも美味いもの食わせりゃいい
自分に自分の時間があるなら従業員にも従業員の時間を与えればいい
自分の給与を上げるなら従業員の給与を先に上げてやればいい
それでも
それでももしも
また従業員に仲間に大切な人に
「裏切られた」と思うようなことがあったら
また「信じ」ればいい
僕は不器用だから効率良く仕事もトレーニングもできない
だけれど信じて前に進むことぐらいはできる
裏切られても裏切られても裏切られても
それでもまた信じることができないのなら
経営者なんて職業は辞めちまった方がいい
イバラの道で靴を脱ぐことを教えてくれた奴らはさっさと逃げた
だけど僕はまたイバラの道を裸足で進む
会社15歳 僕37歳
何年も前に
自分の右腕だと思って一番大切にしていたはずの子が
一番可愛がってたバイトの女の子と会社を捨てて駆け落ちした
あれから僕の心はちょっとやそっとじゃビクともしなくなった。
さぁ明日も前に進もう!!