2026年初頭
ドン底にいた2025年の年明け
2年も前から準備していたのにたった1店舗の焼き鳥屋を開けることすらできず、私生活では暴飲暴食をして運動も疎かになり腐った毎日を過ごしていた1年前
最後のなけなしの金を投入して託したのは、お店オープンへの最後の賭けでもあった
【3月】
この2年間でロサンゼルスに住む事、レストランをオープンするために、5人分のビザ取得、物件取得費用、工事費用、生活費もいれたらとっくに1億円を超えていた
もうビジネスとしなんて成り立ってなかった
キャバクラやホストクラブの担当に入れ込んで金使い過ぎて、落とすまで引くに引けなくなって後戻りできない人の気持ちだった
それでもアメリカに焼き鳥屋を出したかった
でもどこかで覚悟を決めなきゃいけなかった
辞める覚悟を引く覚悟を
それが3月だった
ここで工事が終わらなきゃ、許可が取れなきゃ、もうこれ以上は空家賃も工事費も払えないどころか、アメリカで生活していく金さえ尽きる
とっくに予算はオーバーしていたし
個人の金も使い尽くしていた
それでもなんだか突き進めたのは
5年前に家族も会社も15年かかって築き上げて来たものを一瞬で全部失ってしまって
失う事になれてしまっていたからかも
ダメならまたおめおめと日本に帰って金貯めてゼロからやり直せばいい
その覚悟があった
そんな2025年の始まりだった
4月2025年流れが変わった
2023年2024年と何をやっても良い方向には流れが行かなかった
でも今思えばそれはボク自身がブレブレで毎日を頑張って生きていなかったからだと思う
酒飲んで、美味いもん食って、旅行行って、ゴルフやって、たいしてトレーニングもしなくなり遊んで暮らしていた1年半だった
毎日楽しかったけどその楽しさは本当の楽しさではなくただの「楽」な楽しさだった
そりゃあ人生もいい方向になんていくわけがなかった
【4月】
当時の妻と色々あってすごくシンドい中でお店をオープンできるかできないかの瀬戸際に立った
こんな精神状態でボクははじめての2年がかりのアメリカでのレストランオープンをできるのか? と自分を疑った。
崩れる寸前だった
気力も体力も精神も経済面も何一つ残ってなかった
残っていたのはここまで生きて来た自分自身だけだった
弱虫で何の取り柄もなくて実力も才能もなく頭も良くないと思ってたボクは
思っていたより意外と強かった
強かった と言うよりも
踏ん張った
人間はドン底に落ちた時や自分の思い通りにならない時にこそ本音が現れて真価が問われるとは言うが、
ボクはギリギリのところで投げ出さず踏ん張り不貞腐れず諦めず
何が何でもやってやるという気持ちが悔しさと感謝と共に湧き上がって来た
そうして2年間準備したゴキゲン鳥は実質7年間の計画期間と1億円以上の全財産を投じてやっと4月にオープンできた。
2025年の残り8ヶ月
残りの8ヶ月はほぼ記憶もない
記憶もないほどただただ駆け抜けた
そこに1年半の時のような「楽」はなかったが楽しかった
毎日、1分でも多くちゃんと睡眠を取れるか
毎日、一食でもちゃんとした食事が取れるか
その時間との戦いでそんな時間すらまともに取れないほど忙し過ぎてやる事があり過ぎて
1日って24時間ってこんなに時間足りない?と毎日思うほどだけど
やっぱり楽して楽しいよりボクはこの方が生きてる楽しさを感じる
何よりも仕事もやる事もなくて生きてるのか死んでるのかわからなかった2年間よりは
今、仕事がありやる事が次から次に入って来てタスクをこなしてもこなしてもなくならなくて
頼むよ1日
たった1日でいいから遊んで終わりたい
って思うけど
3月からの10ヶ月で自分のやりたいことだけやって遊んで過ごせた日はただの1日もなかった
行き過ぎて心が忙殺されてるのもヒシヒシ感じる
クリスマスもお店に追われ
年末年始も仕事で
唯一の休みは子供ワンオペ
正月に箱根駅伝を見ることすらできなかったのは何年ぶりだろ
気づけば大好きな走る事も書く事も毎年元旦に始めて1年をスタートしてたのに
2026年は2日も3日も仕事に追われ
やっとこうして昨年を振り返れたのも初頭祈願を書けたのも走れたのもなんとすでに今年が4日も過ぎた今日である
それでも一言で言えば
仕事があるってこんなに嬉しくて楽しかったっけ?
とつくづく思う2026年初頭
朝起きるとカリフォルニアでは珍しく雨
走ろうと思って外に出たけど雨凄いからやっぱ止めようと思ったけど
待て待て日本じゃ雨だから朝ランを止めたことなんてなかったろと思い走り出すと
こんなに雨の中を走るって気持ち良くて楽しかったっけ?と改めて気付かされた

この雨のように次から次にボクの人生にはうまく行ったと思えば困難が訪れる
この2年間のロサンゼルス生活でも普通の人が10年くらいかけて経験する事を全部凝縮して2年で味合わせてもらった気がする
給与ゼロで休みなく知らないレストランで働き
工事業者に騙されて裁判になり
1億円投資してやっとレストランを開店でき
アメリカで結婚して出産して離婚裁判はじめて
次から次によう来るなってほど困難という名の壁が来る
だけどそれすらも楽しくてワクワクして
これを乗り越えたらどんなにまた強くなれて違う景色が見れるんだろって
ボクの45年間はそれらから逃げずに向き合って来たから
今年の3月、普通なら投げ出してしまいそうな場面でも、
「待て待てもっとお前の人生ツラいこと沢山あったろ。行けるよGo Go」
って僕の中の声が聞こえて乗り越えた。
だから、もう少しだけ高みまで行ってみようと思う。
2026年年頭発願
前置きが長くなったけど今年の誓いは
もっと高みへ
40歳になって人生のドン底に落ちた時に決めた残り10年間の計画があった
10年を3年毎に区切って
最初の3年間は仕事に没頭
次の3年間は好きな事に使う
最後の3年間は贖罪に生きる
余りの1年間はどこかに割り当てる
余りの1年間を使って去年やっとオープンできて、今年は好きな事に入る年だったんだけどまだ不完全だから好きな事を2年に削って
今年1年は最後に仕事に生きる
仕事の成功なんて幸せとは程遠くてもういらないと思っていたけれど、
人たらしのボクのせいでこんな遠くまで連れて来ちゃった3人がいる
コイツらが胸を張ってアメリカで世界で成功出来たって言えるように
バカな社長にそそのかされてついて来て良かったってちゃんと思えるように
今年もう1年だけ最後に本気で仕事に没頭してみようと違った年頭発願
あー嫌だね
本気で仕事をすると見たくないものを見たりやりたくない事もたくさんある
どっぷり心も汚さなきゃいけないかもしれない
だけどこれがボクの宿命でもあるのかもしれない
結局のところ一度デスノートを使った人間はもう天国へも地獄へも行けず、幸せと安泰なんてこととは程遠い生き方をしなきゃならない
それでももう少しだけ見てみたいんだ
手にしたくても誰にでも手にできるわけじゃない景色と経験を
さぁ行こう
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