〓IRONMANへの道.〓

人生苦なくして楽なし〜長榮潔〜

脚は走るためにある

 

今朝も朝から気持ちよく12㎞.

雨上がりは気持ちいい特にハルマツイブキのこの季節は

今月はtotal400㎞ぐらいだろうか

だいたいここんところこんなもんだ

特に苦でもなく辛くもない適度なところがこのぐらい

 

『今日は脚のお話』

 

しかし最近こう言われることが多い

 

  • 走り過ぎ
  • 脚が痛くならないのか
  • 怪我しないのか

 

たぶんQちゃんとかは月に1000㎞ぐらい走ってたと思うしそんなに距離を走ってる方だとは思わない

僕がサハラマラソンに行った時の同じテントの人がその年のサハラマラソンで日本人1位で200位に入ってたのだがその方は毎日20㎞走ってるって言ってた

IRONMANでも毎日42㎞走ってる人がいた記録は知らないが

 

だから自分がそんなに走ってる方だとは思わないのだが

 

なぜ怪我をしたり膝を壊さないという質問には僕なりの答えがある

 

僕は中学までも部活程度の並みのスポーツしかしてこなかったし

その後の32歳までの20年近くは自分の中でも「失われた20年」と呼んでるほどナニモシナイ20年を過ごして来た

 

自分の脚では歩かない

足は車のアクセルを踏むためにあると思ってたし

人生はどうやってズルと楽をするかだと思ってた

25歳で運転手雇って遂にはアクセルを踏むことさえ辞めた

他にも酷すぎる日々だったが今日はそこはさて置き

 

なんせ20年間脚を使ってなかったから僕の脚は怒ってた

 

脚は

歩くためにあり

走るためにあり

動かすためにあり

 

なのに僕は脚を使ってあげてなかったから不貞腐れていたことだろう

 

だから

32歳から突然走り始めて

突然こんどは酷使されて

戸惑ってはいたが

「やっと使ってくれる気になったか」と喜んでいたのだろう

 

だから怪我しない

 

 

 

 

…はずはなく。。

 

走り始めて1年経たないくらいの時かな

 

独学で我武者羅に1㎞走れない人間が突然毎日走り出したものだから

 

膝の外側が痛くて痛くて

階段を降りることどころか

平らな道を歩くのも困難になり

1週間会社を休んだこともあった

 

だけど時間が経って治ったと思ってまた走ってみると痛くて走れない

 

なんだこれ?

 

もう僕は2度と走れないのじゃないかと思ったね

 

いくつも病院に行っても明確な回答はなく

 

「走らないで休んでください」

 

としか言われない。

 

それはわかるんだけど、走らないで痛みが引いたからまた走るとまた痛いんだけど

 

靴も変えてみたりした沢山

 

膝に優しい靴

負担が少ない靴

底の厚い靴

 

だけど治らなくてね

それが俗に言うランナーズニーだったのかどうかはわからない

だってどこの病院もそんな病名は使ってないし、明確な答えはくれなかったから

そりゃあそうだ

こういう怪我なんて

痛いところや痛みの具合は

本人にしかわからず

身体の中身は分解でもして解剖してみなきゃ直接は見えない

僕もただの素人だから「どこどこの何番目の腱が痛いんです」なんて的確なことは言えない

なんせ腸腰筋がなんなのかどこにあるのかも知らない頃だ

 

そして

 

もう走るのやめようかなと諦めかけたその時に出会ったのがこの本だった

 

 

 

 

 

 

ランナーの中で世界的大ヒットして衝撃を与えたこの本

 

裸足に近い状態で走る(今はワラーチの話は置いておく)ララムリのこの話は

膝が痛くて走れなくて、なんとか膝に優しい靴を探したりしていた僕には衝撃的だった

 

 

僕は必死に手厚い介護付きの病院を探して科学に頼って、

文明開化に頼り足に優しい靴を探して、

それでも痛くて走れないのに

この人達は同じピテカントロプスから進化してきたのに

 

裸足に近い状態で脚を壊さず

時には何百㎞も走って怪我をしないんだ!?

 

 

そしてこの本の中での一つの解釈に辿り着く

 

 

脚は甘やかせば柔になるし

脚は厳しくすれば強くなる

 

 

この表現の仕方が正しいのかはわからないし本とは呼んだ人によってもそれぞれ捉え方は変わる

 

だけど僕にはそう言っているように聞こえた少なくとも4.5年前の僕には(あれから随分いろんな経験もして無駄な知識もついたからいま読んだらわからないが)

 

 

そして僕は本にも出てくるナイキのフリーで走ってみようと思った

 

少なくてもその当時メジャーで身近で手に入る物であり

 

なによりこのままにしててもどうせ僕の脚は走る度に痛くなるし

そのまま走る事を止めるぐらいなら脚が壊れても一緒だ

痛くても気にせずに酷使してみよう

 

そう考えた

 

なんせ当時の僕にとっては走る事は=人生ではなかったし、あくまでも朝のリフレッシュのひとつでしかなかった

仮に脚を壊して走れなくなっても

また元の運転手付きの生活に戻るか

趣味は?と聞かれたら「仕事」と答えればいいだけだった

つまり走れなくなっても失うものはそんなになかった

だから思いきれたのかもしれない

 

 

そして当時最大に薄っぺらいナイキフリーの3.0で膝が痛いのもシカトして毎日走り続けた

 

そしたら不思議だ

1週間もしないうちにどこの病院に行っても休んでも治らなかった膝の痛みが出なくなってきた

 

当時本気で「こんなことあるのか?」とさえ思った

 

そこからはずっとナイキフリー一本で

 

フルマラソンにも挑戦して

ウルトラマラソンも

アイアンマンも

サハラマラソンも

ナイキフリーで完走してきた

 

 

その間、

 

膝が痛くなった回数ゼロ

転倒したりしてできた傷以外は怪我もゼロ

 

月間420㎞走っても

36日間毎朝走り続けても

 

痛くなる事はない(今のところw)

 

 

あくまでも今のところだ

 

知識の薄い僕でも科学的には良くないことぐらいはなんとなくわかる

 

だけどこれがあってる僕には

 

今は4ミリのトレランシューズのインソールを外したから3ミリ以下だと思うが

 

なんせ「気持ちいい」

 

 

僕なりにその答えはこう思う※科学には乗っ取ってないしなんの根拠もないので良い子はマネしてケガしても責任は取りません

 

 

人間の脚は歩くためにある

時に走るためにある

 

少なくても動物は靴なんて履いてないし(人間も動物だ)

 

アスファルトは硬い固いと言うが、生まれた時からアスファルトで育った僕らにはそれは当たり前で

むしろ「土を走った時に柔らかいと感じる」と言う表現が正解だと思う

 

 

適正な体重で

背筋を真っ直ぐにして

体幹に意識を持って

脚を真っ直ぐ出して

 

 

そのぐらいだけ意識すれば

 

脚はそんなに柔じゃないと思う

 

僕が一番気にしたのは唯一ガニ股を治すことだった

なんせ中学生の頃はガニ股がカッコいいと思ってた部類だ染み付いてる

膝が痛くなった時にガニ股を治すことだけなるべく気をつけた(今でもガニ股気味なのは完全に治ってないが)

 

それができたらあとは少しづつ走ればいい

 

 

最初は1㎞から

それが毎日繰り返しても脚が痛くなくなったら

次は3㎞

5㎞

10㎞

そしたらいつか

100㎞も夢じゃない

 

 

結局のところ特に事故とかではなく膝なり脚なりが痛くなって

休む

そして痛みがなくなって治ったと思ったらまた走る

だけど

それはまた走り始めたら痛くなると思うんだ

 

走って痛かったものが

休んだら痛くないのは当たり前で

それは使ってないから痛くないだけで

また無理をしたり走れば痛くなって当然

 

だけどそもそもやろうとしてることが「無理なこと」なわけだからその無理なことと付き合ってかなきゃならない

 

だったら痛くなる原因がある

 

それは

適正な自分の体重ではなかったり

走り方がおかしかったり

真っ直ぐ立てていなかったり

ガニ股だったりもそのひとつ

 

そこだけ意識して正して

 

走りながら痛みを治さなきゃ

そりゃ走ればまた痛くなるに決まってる

 

 

苦しみは逃げるものではなく

悲しみをは目を背けるものではなく

痛みはなくるのを待つものではない

と僕は思ってる

 

僕の好きな詩がある

 

苦しみによって苦しみから救われ、悲しみに穴をほじくっていたら喜びが出てきた

 

この人は20歳の時に首から下が事故で完全に動かなくなっちゃって、もがいてもがいて、苦しみの中から悲しみの中から痛みの中から、幸せを見つけ出した人

 

 

痛みも逃げたら追いかけてくる

逃げるんじゃない乗り越えるんだ

 

 

 

なんせボクニデキタンダ

誰にでもできる.

 

 

2017.3.28 長栄潔

 

 

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